30年後に文字のメディアはどうなっているか考えてみた

ここ何十年かでの技術の進歩は本当に凄いものがありますよね。

30年前の1980年代は携帯電話もこんな感じで
ショルダーホン

重さ3キロもあるようなものでした。もはやそこまでして持ち運びたくないレベルの携帯電話です。

それが今ではこれですよ。
iphoneを持つ手

これだけ小さくなって、なおかつ性能は一昔前のパソコンなんかよりも遥かに上です。通信速度も速く、更にはカメラ、タッチパネル、指紋認証などの機能までついています。

30年前に携帯電話がこれほど進化するなんて誰が想像していたでしょうか…

過去30年でここまで技術が進化したことを考えると、これから「30年後」は一体どうなってしまうのでしょう…

30年後の世の中はどうなってるのか

恐らく30年前の人達が今のスマホを全く想像できなかったように、今僕が想像できるようなこと「以上のこと」が実現されている可能性は大いにあります。

技術的なことで言えば、もしかしたらスマホやパソコンといった概念自体がなくなっているかもしれません。というかいつかそうなるような気がします。

人間一人一人に超高性能なチップを埋め込んだりして、直接脳内で検索ができたり、誰かと会話ができたり、動画などが見れたりしているかもしれません。完全にSFの世界ですが、今やそれすら現実味を帯びています。
テレパシー

こんな感じで、離れていてもテレパシーのように脳内で会話ができたりするんじゃないでしょうか。

それできっと「30年前の人達はわざわざこんなの
iphone使ってたんだってよ」っていう会話がされるじゃないでしょうか。

検索も会話もコンテンツを見るのも全部脳内でできるようになったら、パソコンやスマホ自体が必要なくなってしまう時がくるかもしれません。

他にも誰かの記憶を共有したり、どこかに行った体験を共有したりすることもできてしまいそうです。そうなると、例えばわざわざハワイ旅行に行かなくても、ハワイ旅行にいった記憶を脳内で共有することで実際に行ったレベルの体験ができたり、バーチャル空間での出来事を実体験のようなレベルに置き換えたりすることもできてしまいそうです。いや~凄いけどなんか恐ろしい…

もはや人間はどんどんアンドロイド化していくのではないでしょうか…

人間がアンドロイド化していくと、他にも細胞レベルの小さなコンピューターを人間の細胞の一部に取り込んで、老化を止めたり、病気の進行を止めたりすることもできてしまいそうです。なんだか想像すればするほどホントにそうなってそう…

30年後文字のメディアはどうなってるか

そして30年後にはブログ等の文字のメディアはどうなっているのでしょうか?

結局どれだけインターネットに対するインフラが発達しても、肝心のコンテンツ自体は必要なのは変わらないと思います。が、文字のメディアが残り続けるかと言われると微妙かもしれないですね…

例えば、文字を読まなくても一瞬で情報を脳にインプットできるようなチップを脳に埋め込まれたら、わざわざ文字を読むということをしなくなりますよね。「知りたい情報が入ったファイルを脳にインストールして終わり」みたいな…

日本の歴史が全部入ったファイルを脳にインストールすれば、わざわざ教科書などの文字を読まなくても全部知識が手に入ってしまうわけです。

そうなると、残るのは文字ではなくて「情報そのもの」ということになりそうです。文字はあくまで情報を伝える為の手段なので、その手段が文字から脳内言語みたいなものに変わる可能性はあります。

う~ん、このあたりはあんまり想像すらできないですね…

コンテンツ制作すらロボットがやっている可能性すらある

コンテンツを作るのも人間ではなくロボットがやっている可能性も大いにあると思います。

最新ニュースなどをいち早く自動で引っ張ってきて自動でコンテンツ化して自動でネットに公開するような人工知能的なロボットもできているかもしれません。

今でも自動で小説を書いてくれる人工知能なんかもあるくらいなので、これは結構現実的と言えるかもしれないですね。

単純作業だけじゃなくて、クリエイティブな部分も人工知能が人間を上回る日もいつかきてしまいそうです。

結論は…

まぁ想像だけであーだこーだ好き勝手言ってきましたが、結局伝えたいことはこれです。

「今を生きろ!」

以上!笑

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